八幡西区田町二丁目5
黒崎宿 御茶屋跡
●黒崎宿御茶屋跡
江戸時代、黒崎宿内には宿泊施設として、本陣・脇本陣のほか一般の旅籠屋(旅館)が設けられていました。
本陣は御茶屋ともいい、福岡藩主の別館です。御茶屋には御茶屋守が置かれます。
脇本陣は町茶屋と称し、旅籠屋の筆頭に位置しますが、他藩で言う本陣の役目を帯びており、建物の一部は藩が補助しています。関屋と八幡屋の二軒の脇本陣がありました。
御茶屋周辺の田町は、黒崎宿の中心であり、旅籠屋や商店が並んでいました。
写真は遺跡の発掘作業がおこなわれてた当時のもので、現在はコンビニエンスストアが開店しています。
黒崎宿 桜屋跡
●黒崎宿桜屋跡
ここから、南に80メートルほどの所(現在の藤田二丁目一番)に江戸時代、黒崎宿の旅籠屋の一つである桜屋がありました。桜屋は、文化5年(1808)ごろの創業と伝えられ、鹿児島藩、熊本藩の御用達や佐賀藩の定宿をつとめ、幕末には平戸藩の御用達にもなりました。
桜屋とよぶ以前は、薩摩屋と称していました。江戸時代最後の桜屋の当主は勤皇の志が厚かったため、西郷隆盛や坂本龍馬などの志士たちをはじめ、三条実美ら五卿が宿泊していました。
桜屋の「離れ座敷」は、天保11年(1840)の建築といわれ、明治維新の歴史を伝える貴重な建物として、後日の復元の為、平成2年に解体し、保存されています。