小倉北区城内2-2
八坂神社石造燈篭一対(県指定有形文化財)
八坂神社は元和3年(1617)小倉城主細川忠興が南北両神殿を造営し、南殿に不動山(愛宕山)から祇園社を移し、北殿に三本松の祇園社を移したのを由来とします。
石燈籠は本殿脇に1対あり、「奉建立 為豊之前後両国之大主相公御眼病御平癒 石燈籠ニ基 元和4年(1618)3月7日 願主入江平内入道」と刻まれ、忠興の眼病平癒を祈念して、直臣が奉納したものです。
この石燈籠は硬砂岩製で、右側は高さ160cm、笠と中台は六角形、火袋の火口は四角です。笠は円柱形で、節でニ区に分かれ反花で基礎となります。
左側は高さ167センチで、笠が右側に比べてやや丸みをもち、反花はやや直線的になるなど、細部に多少の相異があります。
八坂神社石鳥居(県指定有形文化財)
花崗岩製の明神型に近い鳥居で、額束は無銘です。
高さ4.51m、笠木の長さ5.87m、柱径0.47m。
笠木と島木をもつ複架式で、笠木の上に屋根状のものがあって三層をなし、これが一石から彫り出されている点に特徴があります。
笠木は両柱間ではほぼ水平ですが、外側の部分はわずかに反り、柱に転び(柱間が股を広げたように開き傾斜している)があります。鼻(島木の先端)の切り方は、襷(内側に向かって斜めに切る)、水切り(垂直に切る)でもなく、笠木、島木の底辺にほぼ直角に切られており、外開きのように見えます。貫は島木より短い。柱はやや細く、すぼり(柱の上方を細めに仕上げる方法)も小さい。柱の下部の断面はほぼ円形をしています。
平成4年6月、拝殿の北側から現在地に移設しました。
八坂神社太刀(八坂神社内に保管)
太刀は天和2年(1682)小倉小笠原2代藩主小笠原忠雄が領内の刀工、藤原友行に作刀させ、八坂神社に奉納したもので、三階菱小笠原定紋散らしの拵付きです。
友行は豊後国高田鍛治の一派で、本名を藍沢与一兵衛と称しました。
延宝5年(1677)小倉に移住し、天和3年小倉藩に召し抱えられ、のち藩主の命で行勝を名乗り、さらに是好斎と号して96歳の高齢まで作刀を続けました。
行勝の長男政平も藩のお抱え刀工で、藩主忠雄から「紀」姓を賜っています。
刃長82.4cm、反り3.6cm、身幅広く姿剛壮。
地鉄 杢目よくつむ。
刃文 備前風の互の目丁字乱れできよし。
銘 (表)雄剣一振奉献納新羅大明神
武運長久祈所 源 忠雄
(裏)天和二年二月吉日
豊前国小倉住 藤原友行